クリス松村 父と17年間断絶 祖父は代議士 実家は杉並区 ブログが話題 年齢は?

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日本テレビ系「解決!ナイナイアンサー」に タレントのクリス松村さんが出演し、
外交官の父と17年間断絶状態にあることを明かしました。
父親と息子は難しいですよね。

父親と断絶したきっかけについて、

「私が出かけてる時に、父が全てのアタシのレコードを捨てたこと」

と、告白しています。

「父親とは17年会ってない。死んでもお葬式には行かない。親子とか血を分けたという言葉にはだまされない」
「父は強い。偉大。今のアタシがあるのは大嫌いな父親がいるおかげ」

父親と息子は仲がいいほうが少ないんじゃないでしょうかね、特に日本は。
外国の方と違い、あまり感情もださず、口下手な日本人の父と子は、なかなかわかりあえず、
行き違うことが多いように、自身の経験上感じますがどうでしょうか。

以前、TBS「中居正広の金曜日のスマたちへ」でクリスさんの特集をして、話題となりましたが、
クリスさんは、オランダ、デン・ハーグで生まれ、実家は東京都杉並区善福寺公園近くの敷地1000坪の家だったそうです。

祖父は大臣を務めた元衆議院議員、松村謙三氏、父は外交官という本物のエリートとして
セレブな暮らしをしていたそうです。

日本へ帰国し、学習院初等科へ入学し、そこには旧財閥のご子息や、礼宮様や紀宮様も在学されていたそうです。

世界が違いますね。

食事の時はクラシック音楽を聞きながら、物音ひとつ立てずに父親が一方的に話す政治や経済の話を聞いていたそうです。

クリスさんの父親は、クラシック意外は音楽ではない、という考えだったそうですから、

「集めたCDとレコードは2万枚で総額は1億を超えている」

という、邦楽、洋楽問わずかなりのコレクターだったクリスさんとは、考えが合わなかったのでしょう。
その後、父親がCDを全て捨てることになります。

そんなクリスさんが、今年7月に自身のオフィシャルブログで、中学時代に暴力によるいじめ被害を受けていたことを告白し、話題となりました。

大津市のいじめ自殺事件を受けての告白で、

「海外から帰国した際に恐ろしいほどの言葉の暴力にあった」
「体の痛みを伴う暴力にもあった」
「その時に言われた事は、今も頭の片隅に辛かった記憶として残っています。その時に受けた恐ろしい暴力も決して忘れません。」

とコメントしています。
そして、

「誰も助けてくれないから、人を頼る事を第一に考えないで…」
「悩んだら悩んだ分だけ成長がある」

と、いじめに苦しむ人たちにメッセージを送っています。

きっと、生半可な人生ではなかったのだろうと思います。

「辛くても笑い続ける…ピエロになる努力をし、ピエロを演じ続ける」

という、選択しかなかったようです。
そうですね、とにかく生き続けることが一番大事ですからね。

そんなクリスさんの年齢について知りたい方がたくさんいるようです。

公式には、年齢非公表となっていますが、
ネットでは50歳前後ではないかと推測されています。
とくに年齢は関係無いように思いますが。

学生時代は自身の「男の人への憧れ」について誰にも打ち明けることもできず、
人知れず2丁目に通い続けた大学時代。

家族と決別し、自ら就職先を決めた、広告代理店時代。

そしてエアロビインストラクター時代と、常に性同一性障害に苦しみながら
生きてきたそうです。

そんなクリスさんがこうしてブレークして、お茶の間の人気者となり、
自身の思い、過去をさらけ出し、昇華することができていることに
本当に良かった、という思いでいっぱいです。

ただやはり気がかりなのは、父親との断絶ですね。
おそらくはそんなに時間があるわけでもないでしょう。
このまま、わかりあえず終わりを迎えることになるのでしょうか。

でも、それはそれでいいと思います。
何でもかんでも美談にしようとするのは、あまり現実的ではないように
感じますし。

そういう人生を、この父と子は選んだのでしょう。

それにして、「ももち」こと、嗣永桃子さんの記事でも書いたように、

嗣永桃子 大学で教員免許とるため小学校で教育実習、ブログで明かす 画像、名言集

その人のことを少しでも知ると、全く今までと見方が変わってしまいますね。
それだけ、テレビなどで見る印象など、あてにならないという事でしょうか。

これからも今まで以上に活躍されることを期待しています。

クリス松村オフィシャルブログ
「夢見る勇気」
http://ameblo.jp/chris-matsumura/

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1件のコメント

  • 匿名

    日刊ゲンダイ2009年1月20日号に、祖父とされる元代議士が松村謙三であるとの趣旨の記事が掲載されたが、その後2009年2月9日号に「親戚との確認は得られませんでした」とする訂正記事が掲載されている。

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